湿度なき声で壊れるほどの愛となれ

かんじゃにえいととらぶとぅーん

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9時半頃、例のメールがきた。私はクソフトバンクなので届いたのはみんなより30分くらい遅かったけど…………。

 

11時にあのページ見て、ほとんどわかりきってたはずなのに、涙は止まらなかった。

 

現実なんだと。

 

よこちゃんの「今日という日が来なければよかった」の言葉がずっとぐるぐるしてる。

だってそれは、私が渋谷すばるを好きになってからずっと思っていたことでもあったから。

一番恐れていた時は、実に呆気なく、そして、とても綺麗な形で訪れてしまった。

 

あれだけ、振り回したくせに。

もうそれしか言えない。あれだけをどれだけと取るか、だけど。

辞める恐怖を初めて覚えた2008年。東スポの胸ぐら掴んでぶん殴りたかった2008年。あの子が輝いていて、私が1番あの子のことが嫌いで、あの子のことが大好きだった2008年。

 

多分、多くの渋谷担がこの年のすばるくんは………って言うと思う。多分ね、多分。

というか、この時は関ジャニ∞自体危うかった。だからなのか、これまでのエイトの歴史の中でも何故か2008年は、無かったかのようにスルーされてきている。春も、夏も、ソロコンも、何もかも。

 

いやまあ、そんなのどうでもいいんだけど今となっては。

 

あの子が「関ジャニ∞」と書いてあるTシャツを着て、ソロでMステに出た時。ギュッと、そのロゴを握りしめた時、あぁ、もう、大丈夫だ。って漠然と思った。

 

 

それなのに。

 

 

大倉が、最後まで末っ子全開のワガママを言ってくれて良かった。言葉の割に顔が納得してなくて。カメラの前だっていうのに、そんな態度隠しもせず、ブスくれた表情でずっとずっと会見場にいた大倉。ちょっと笑っちゃった。ありがとうね。救われた。

でも、あなたが言った「すばるくんのことを嫌いになれなかった」と「彼の後ろで叩くドラムが好きでした」は、残酷なくらい、とてもとても優しくて、悲しくて、大倉らしい言葉だった。

 

 

1番突き刺さったのは、信五の「すばると袂を分かつ事になる人生は想像だにしておりませんでした」の一文だった。本人たちが想像してなかったのに、おたくが想像できるわけないよ、こんなの。

 

 

仕事してても、ふとした時に6人か、と思ってしまって、何度も頭を振ってすみに追いやって。そんなのをずっと繰り返してる。

私は多分、渋谷さんのこれからより、関ジャニ∞のこれからが見たくなくて、考えなくなった。だって、いないんだもん。これからの関ジャニ∞に、渋谷すばるは。

あの子のパート、誰がどう歌うんだろう、それが、当たり前になって、いつか…………って考えてしまう。あの子の声が聞こえない既存曲とか、正気でいられる気がしない。

 

 

 

どうせ、来る時は来るのだから、考えるのをやめた。多分これは自分の首を絞めることになる。わかってる。でも、考えたくない。でも、ふとした時にやっぱり、ってずっと堂々巡り。エンドレスループ。何も変わらないのに。

 

 

いつになったら現実が見れるんだろう。

 

 

7人のまま、記憶を止めたい。

 

 

 

 

本当に7月以降が想像出来なくて、こわい。

こんな風にしててもツアーの申し込みは始まるし、7/15にはツアーが始まるし、7/15で関ジャニ∞渋谷すばるは、この世から、姿を消す。

こんな気持ちが消化されないまま時は過ぎるし、関ジャニ∞は未来へ進んでいく。

 

本当に、現実味がなさすぎて、こわい。

 

じわじわと終わりは近付いてきているのに。

 

 

 

ずっとこんなこと考えてる。

現実味がなさすぎて、普通に過ごしてる。

 

 

怖すぎて、ほんとうにほんとうにほんとうに

 

 

 

 

ねぇ、みんなどうやって過ごしてるの。

誰かに話を聞いてもらいたいけど、多分同じことしか言わないし、言えないし。

6人のエイトを応援出来るかと言われて「はい」と言えない自分がいる。

だってほんと想像出来ないんだもん。「6人の関ジャニ∞」っていう字面は受け止めれても、実際その場面を目にしたら、って思うと。

 

 

 

 

 

 

ほんと、ずっとずっと同じこと考えてる。

全然前なんかに進めない。